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2017年12月17日説教

説教タイトル:共にいてくださる神
聖書箇所:マタイによる福音書1:18-25

論壇 イエスの誕生
 キリストの誕生物語は、マタイ福音書とルカ福音書に記されています。読み比べると、まったく違うできごとではないかと思えるほど二つは違っています。マタイは夫ヨセフに焦点をあて、ルカは妻マリアに焦点をあてているためです。また、二人は各々に起ったことを報告し合っていなかったように書かれていることが不思議です。
 けれども、重要な点では一致しています。①マリアが、まだ夫ヨセフを知らないまま、聖霊によってみ子を宿したこと、②この秘密が天使によって知らされたこと、③生まれる子の名前が神によってイエスと決められていたこと、④ベツレヘムで生まれたこと、⑤イエスの誕生が旧約聖書により預言されていた救いの実現であると教えられていること。これら一致により、二つの福音書が同じ神のみ子の誕生を描いていることは間違いありません。
 マタイ福音書は、生まれる子の名前をイエスとしているだけでなく、旧約聖書イザヤ書7:14「見よ、おとめが身ごもって男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる」を引いて、インマヌエルとの呼び名を紹介しています。これは、神に信頼をおかないユダの王アハズに対し、神がユダを守ることのしるしとして「おとめが身ごもって男の子を産む」ことが起る、とイザヤをとおしてアハズに宣言した預言のことばです。
 神を信頼しないアハズ王と正しい人ヨセフではつり合いが悪いのですが、「神は我々とともにおられる」という旧約と共通する神の保護、助け、支えがイエスにおいて実現したことをマタイは強調しています。
 神のみ子がわたしたちとまったく同じ人間になってくださったこと、それによりわたしたちの救い主であるだけでなく、隣人であり友となってくださいました。イエスは、常にわたしたちと共にいてくださる神であり、救い主であり、まことの主です。
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