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2018年2月25日説教

説教タイトル:わたしは模範を示した
聖書箇所:ヨハネによる福音書13:12-20

論壇 聖書の記述
 『まじわり』2、3月号に書きましたが、世界ルーテル連盟とカトリックが「義認の教理についての共同宣言」において、聖書の教える義認の教理に関して基本的一致をえました。それでも、カトリック教会が罪人に求める罪の償いと義認の教理との関係をどうするのかという問題が依然としてあるのですが、「聖書が教える」ところの神が人を義とする教えに取り組むことで一致を確認し、歴史的に生じた相違を克服しようとしています。
 40周年聖書論は、信者がよりよく聖書を読むことを願って作成されました。聖書解釈は牧師また聖書の専門家がリードする面はありますが、最終的には信者がその聖書理解を受入れること、すなわち信者が聖書を自ら読んで理解しうることが必要です。
 そのためにも、聖書とはそもそもどのような書物であるか認識し、それにふさわしい読み方を身につけることが大切です。特に、女性教師・長老を認める聖書の読み方について考えることは、今後信者が聖書をよりよく理解するのに役立ちます。
 女性を排除することは今日では認められることではありませんが、同じような時代的なズレが聖書の中には他にもあります。レビ21:17~、サムエル下5:6~8の障害者の扱い。詩137:8,9、139:19~、141:5~などの復讐のことば。ガラテヤ5:12の下品な侮辱。出エジプト20:17の妻が夫の財産であること。Ⅰコリント14:34~の婦人の発言禁止。ルカ1:25など不妊の女性についての記述。レビ記12:2~の汚れの期間の性による区別。レビ記18:22やロマ2:26~などのセクシャル・マイノリティへの言及。
 聖書は、聖書記者が生きていた時代の世界像を用いて、神とその救いを教えます。使徒1:9~のイエスが上げられていった「天」について、ルカが理解した天と、今日わたしたちが理解する天とでは、大きく違います。聖書は、変わりゆく世界像を教材に用いて福音の真理をつたえるのであり、教材である世界像そのものに固執する必要はありません。世界像は変り続けます。
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