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2018年8月19日の説教について

本日、今井牧師は夏季休暇のため録音説教はございません。
論壇のみ掲載させていただきます。

論壇 琉球処分
 先週の論壇で琉球処分に言及しました。琉球処分とは、琉球王国を明治政府が1872年(明治5年)に琉球藩とし、1879年(明治12年)に沖縄県とすることで、日本に組み入れた政治過程を指します。
 琉球半島では、鎌倉時代にあたる12世紀ごろから一定の政治的勢力を持つ豪族が現れ、互いに抗争と和解を繰り返しながら次第に整理・淘汰され、1429年尚巴志(しょうはし)が主要な豪族を統括して、統一権力を確立しました。琉球王国の始まりです。
 琉球王国は、中国の清に服従し、朝貢する(冊封)王国でしたが、1609年に薩摩藩が琉球に侵攻して首里城を占拠しました。この後、江戸幕府から琉球の支配権を与えられた島津藩の統治に入ります。しかし、清との関係も切ることなく、両国の間で王国は存続してきました。
 明治維新後の1871年に琉球内の宮古の島民69人が台湾に漂着し、うち54人が現地住民に殺害されるという事件が発生した時、明治政府は、台湾に出兵して沖縄の日本帰属を認めさせます。政府は、琉球王国の実態を残すことを口実にして、72年に琉球王国を琉球藩、琉球王国を藩王とする旨を宣告しました。
 1875年、政府は琉球処分官松田道之を琉球に送り、①清国から冊封を受けることの禁止、②清国年号をやめて明示年号を使用すること、③明治政府への謝恩使として藩王自ら上京すること、などの要求を突きつけます。拒否する琉球藩に対して、軍隊300余り、警官160余りを送って、首里城を明け渡すよう激しく迫りました。その結果、藩王尚泰(しょうたい)が臣下とともに城を出て琉球王国は崩壊し、沖縄県が設置されるに至りました。
 琉球王国は、およそ450年に及ぶ王国であり、独自の文化を持っていましたが、力によって日本に組み込まれました。太平洋戦争では地上戦による数知れぬ悲劇が起こり、戦後は、1972年(昭和47年)までアメリカの直接統治下に置かれました。沖縄とは日本にとって何であるのか、大切な問いです。
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